「次郎お兄ちゃん!」
ものすごいハーフの美人が次郎を車線の反対側から呼び止めた。
「え、誰?」
怪訝な顔をする次郎。
「忘れたの!」
続け様に怒鳴りつけてくる。
なんか怒ってるみたいだな。いや、そもそもこんな綺麗な知り合いいたっけ?次郎は思いを巡らす。
周りの人が異様な雰囲気に次郎とその女性を見始める。
次郎は女性の方へ向かって小走りで歩く。
その女性も反対側から次郎を睨みつけながら歩く。
あんな外国人みたいな知り合い…
「あ!ま、まさかマチルダ?」
次郎は昔10年以上も前に、実家の近所に住んでいたフランスと日本のハーフの女の子を思い出していた。
「マチルダ?」
小さな声で呼びかけてみた。やはり相手は聞こえないようだ。
「マチルダ!?」
次郎は大きな声を出した。久しぶりに大きな声を出したので少しうわずってしまう。
相手の顔が一瞬綻んだ。
「そうだよ、バカ次郎!」
「え、そんなバカって…」
マチルダ泣いているようだ。
次郎は、半信半疑だが…道を渡った。
マチルダはなぜか泣いて、顔がぐちゃぐちゃになっている。
次郎もそれを見て涙腺が緩む。
二人は10数年ぶりに再開した。
「マチルダみたいな子がいるなぁっとは思ってたんだけど、もう10年以上も前だし、君はまだ小学生だったから、流石に違うかって…」
「バカ次郎…兄ちゃん。ラーメン屋で2回もすれ違って、絶対次郎兄ちゃんだと思ってたよ。会いたかった…」
マチルダは次郎に泣きながら抱きつく。
次郎は情けない顔をしながら抱きとめた。
***
「それで、今はどんなことしてるの?」
「まぁうだつの上がらない研究者だよ。早稲田で。」
「やっぱりね。あの時も早稲田に通ってたでしょ。それで、ラーメン屋に連れて行ってくれた。私はそのせいであんまり食べちゃいけないのに、ラーメンが好きになっちゃって大変なんだからね。」
「いや、そんなこと言われても…」
次郎とマチルダはこの前偶然10年ぶりに再開し、東中野にある「かしわぎ」というラーメン屋に来ていた。ここはシンプルないりこ出汁の醤油ラーメンの店。お互いラーメンが好きなため、自然とこうなった。
「で、ここは何で調べたの?」
「いや前にここに来た時に見つけたんだ」
「そうやってラーメンの研究ばっかしてるから本業のうだつがあがらないんじゃないの?」
「わ、きついこと言うな」
「嘘よ、冗談」
「お待たせしました」
ラーメンが着弾した。
な、なんというクリエイティブ。
「これは…」
「由々しき事態ね」
ふふ。マチルダは笑った。
「お兄ちゃんが昔よく言っていたのよ。ラーメン食べる時に」
「え、そうだっけ」
口癖になっていたか。まぁそれはそれでいいか。
どれ。
薄めの色。優しそうなイメージだが。
次郎はレンゲでスープを啜った。
ほう、優しい雰囲気はあったが、むしろキリッと塩気のある芯の通ったスープだ。
「麺は細麺ね。合格だわ」
「あ、ああ」
先に言われてしまった。調子が狂うな。
ズルズルッ、ズルズルッ。
二人は麺を啜る。
うまい。この出汁とピッタリとあう細麺。柔らかめか。チャーシューも薄いが味は濃く良いアクセントになっている。シンプルながら良い出来のラーメンだ。
「美味しいわね」
ズルズルッ、ズルズルッ、ズズズズー。
ズルズルッ、ズルズルッ、ズズズズー。
「ふぅ。ご馳走様。」
「ちょっと待ってよ」
マチルダが終わるまで、次郎はマチルダの食べる風景を見ていた。10年前もこんなことあったな。まるで親のように見ていたな。いまも美しくはなったが、あの頃の雰囲気を纏っている。
次郎は自然と笑顔になった。
「ご馳走様」
「うまかったか?」
「ええ、さすがね。ラーメンバカ」
「なんだ悪口か褒めてるのかどっちだ」
「どっちもよ」
マチルダは楽しそうだ。
二人は店を出た。
「さて、次はどこに連れて行ってくれるのかしら?」
「うーむ、どうするか」
「どこでもいいわよ、お兄ちゃんとなら」
マチルダはそう言うと次郎に腕を絡めてきた。
「よし、じゃ吉祥寺だな」
「いいわね、そういえば昔も行ったかも。井の頭公園にいきたいな」
二人は中央線の東中野駅に向かって歩いて行った。
続く。
かしわぎ@東中野
正統派キリリ醤油ラーメン。柔らかくて薄いチャーシューがうまい。シンプルなのに、いりこの出汁がうまい。コスパもいい。
3.6次郎
***
かしわぎ
東京都中野区東中野1-36-7
https://tabelog.com/tokyo/A1319/A131901/13209326/