函館次郎の独りごち飯。

東京近郊のうまくて並んでない店を探す男のドラマ

覆面智 ラーメン 神保町

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Hey, Chris, Please keep good harmony with...!

Ok.

彼は愛馬に合図をすると、颯爽とコースに踊り出て行った。昔次郎が騎手の通訳をしていた頃の話だ。

 

懐かしいな…あの日も良く晴れた冬の日だったか。次郎は神保町の街を歩きながら独りごちた。

 

今日は水曜日。神保町のラーメン屋覆面智では会員のみしか入店できない曜日だった。

次郎はもう15年以上通いついめており、もはや会員証を見せずとも入店の叶う顔パス仕様だった。

 

さてと、今日はのどぐろ出汁の悪い奴とのことだが。行ってみるしかあるまい。最近混んでて入れない日もあるからな、今日は早めに向かうとしよう。次郎は9時30分に家を出た。

 

水曜日のメニューは"悪い奴"と呼ばれる出汁感と醤油の濃いスープの日。一度食べたら病みつきになる中毒性のあるスープだった。

 

店の前に来た。

お、なんと外待ちなし!奇跡に近い。これは神の祝福だ。

 

Hey, Good luck!

昔馬上の騎手に良く掛けていた言葉だ。

 

祝福あれ。

 

まさに祝福はこういう時に遅ればせながらブーメランのように帰ってくるものだ。

 

ふん。

次郎は鼻で笑った。

 

ガラ♬

いらっしゃ〜い。お、今日は来れたんだね。

えぇ、まぁ。

オヤジも祝福してくれている。

 

のどぐろ出汁だけあって、一杯1400円。それに悪い肉を100円でトッピング。

なかなか豪勢なラーメンだ。

 

次郎は空いたカウンターに座る。途中で鼻水が出た時に備えティッシュを3枚ポケットに突っ込む。いつもの習わしだ。

 

トッピングどーする?

顔パスの次郎はトッピングが、通常は1品のところ3品まで無料。

生卵、青唐辛子、海苔で。

あいよ。

 

 

チャッ、チャッ、チャッ♪

 

チャッ、チャッ、チャッ♪

湯切り音が静かな店内に響きわたる。

至福の瞬間の一つだ。

チャッ、チャッ。

 

 

はいよ、お待ちど。

ごとり。丼が着弾した。

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いつもながら見事としか言いようのない野獣的なフォルム。このクリエイティブに出会えた幸せを噛み締める次郎。

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まるで2億年前に堆積した土砂の中にあった琥珀のような色のスープ。ふんわりと薫るのどぐろの爽やかな匂い。

 

ズズズ。

これは比類ない…次郎は独りごちた。

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ズズズズ、ズルズルズルズルッ♪

スープを周囲にまき散らかしながら、卵縮れ細麺を勢いよく啜る。

ズルズルッ、ズルズルズルズルー♪

うまい。うますぎる。なんという啜りやすさと腰。

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そしてこの悪い肉。悪いというだけあって、某牛丼屋の味を5倍強くしたような味わいがこの炊き出した出汁にピタリとハマる。トッピングにした青唐辛子と相まって更なる深化を遂げる。

 

るろうに剣心では斎藤一が一つの技"牙突"を磨いて剣心に挑み、そして敗れたが、一点に集中する覚悟は今の個の時代にまさに必要とされている。

 

次郎はそんな考えを巡らせながらひたすら啜った。

 

麺、スープ。悪い肉、ホロホロのチャーシュー、青唐辛子、白葱すべてが渾然一体となって口の中に押し寄せてくる。

その波に飲み込まれた時、次郎は一度真っ暗闇の無に成り果てる。しかし、次の瞬間、全てが調和した味が口の中に。いや脳内に華開く。それはまさにルネッサンス。この調和、それをハーモニーと呼ぶのだ。

 

ハーモニー?

Hey, Chris, Please keep good harmony with him during traveling and Good Luck!

Ok, Jiro, Thanks.

彼はそう言うと、愛馬に合図を送り、軽々と、そして颯爽と馬場に駆け出していった。

競馬はレース中は騎手と馬との折り合いが大切だ。折り合っていない場合は、本来の力が出せずに終わる。ビッグレースになればなるほど一瞬のミスが命取りになる。そして、その折り合いをつけるという意味の言葉を英語ではGood harmony と表現していた。

人と馬がハーモニーを奏でながら走るのだ。人馬一体とはこのことだ。折り合いよりも、harmony のほうがより実体に合っている気がした。

 

そして、今日の悪い奴がまさに、Good Harmony. それぞれの素材がお互いに響き合って、素晴らしいハーモニーを奏でている。

 

さすがオヤジ。

うまかったよ。今日も最高にな。

まいど〜、ありがとうね〜。

 

また。

次郎は店を出た。

 

空は見事に晴れ上がり、爽やかな風が次郎の頬をぬぐった。当時来日した騎手を思い出していた。彼はかの国で元気でやってるだろうか…

 

きっとうまくやっているのだろう。

俺よりももっとうまく。そういえば今週はジャパンカップだな。

次郎は独りごちた。

 

続く。

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覆面智@神保町

がんこラーメン一条流の流れを組む醤油ラーメンの店。いまや彼自身が弟子を持つ。

水曜は会員のみ限定営業。出汁の濃いラーメン。うますぎて言うことなし。

3.8次郎

 

覆麺 智

東京都千代田区神田神保町2-2-12
https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13054078/