このCコースで。
かしこまりました。
それにしても、男二人でフレンチか。
旧友の水鏡はニヒルな顔で呟いた。
ふん、たまにはいいだろう、何せ10年ぶりだ。弘前の豪勢な飯にありつくこともなかなかあるまい。
まぁそうだな。お手並拝見といくか。
次郎は10年ぶりに会った大学の同級生と弘前のフレンチ、レストラン山崎に来た。
昨夜急なメールがあり、それが10年ぶり。水鏡はたまたま出張で弘前に立ち寄ることになり、次郎のことを思い出したということだった。
コースは4つ。5000円、7000円、9000円とスペシャルの11000円。スペシャルはりんごづくし。
どーする?
りんご飽きるかもしれないしな。9000円でどーか?
オーケー。そうしよう。
おい。
ハイ。
この9000円のCコースで。
ハイ。
さてと。
元気だったか次郎。
あぁ、なんとかな。
青森はいつまでいるんだ?
さてな。研究が落ち着くまでだな。
お前は?
おれは明後日には帰る。出張だしな。
そうか。
アミューズです。
青森の豚を使ったソーセージです。
ほう。
次郎は楊枝をつまみ、一気に頬張った。
お、うまいじゃないか、塩加減が絶妙。少しピリ辛なのがいい。
食べ終わる頃前菜が運ばれて来た。
ホワグラと大根でございます。
これは美しいビジュアル。
次郎はナイフを入れて、ホワグラと大根を同時に放り込んだ。
ほほー、ホワグラは柔らかく、甘辛いソースが味を整える。脂っこいこともなく、さらに大根が優しい甘さとさっぱりとした味わいを加える。うまい。
で、水鏡は何をしてるんだ?
あ、生命保険会社さ。
ほう。
青森支店にちょっと調査することがあってな。
ほう。なんだか闇なありそうな仕事だ。まぁいいか。
奇跡のりんごを使った冷製スープでございます。スペシャリテでございます。
これは美しい。
次郎は静かにスプーンを口に運んだ。
ほほーう。りんごの柔らかな甘味が口に広がる。生クリームもくどくなくそれでいてカプチーノなような泡感が口に広がる。スペシャリテだけあるな。
で、まだ一人なのか次郎?
ふん、それはいいだろう。俺もどーしたいのか良くわからん。
まぁ、焦る必要はない…か。そのうち出会うといいな。
ああ。
水鏡はそれ以上追求してこなかった。
この辺のさじ加減が絶妙にうまい。昔から。
本日のお魚料理でございます。天然の鯛とオマール海老をオマール海老のスペシャルソースでお召し上がりください。
これはまた素晴らしいクリエイティブ。
次郎は、オマール海老にソースをたっぷりつけて頬張った。
口に入れると広がるオマール海老の独特のにおい。そして、このプリプリの引き締まった身、優し目のソースだが複雑な味わい。
ほほう、この鯛もスプーンであっさり切れるほど柔らかいが崩した身自体は引き締まって、オマール海老のソースと溶け合って、濃厚な味わいに変化する。こりゃうまい。
次郎、次はこっちで会おう。もっといろいろ聞きたいこともあるんだ。昔のようにな。
そうか。お前も何かいろいろと考えているようだな。
ああ、俺たちはそろそろターニングポイントに差し掛かる年だ。
まぁな。
本日のお肉でございます。
ほほう。素晴らしいビジュアル。
うまそうなステーキだ。
次郎はナイフを入れた。
ミディアムウェルダンなのに、柔らかいな。
ほほう、これまた柔らかいがきちんとした肉の歯応えがある。噛むと肉汁がソースと相まって贅沢な芳香を放つ。うまい。
付け合わせのペコロスは甘く、香ばしい。やさやえんどうは、それ自身の新鮮でシャキシャキとした歯応えに、このソースが深い味わいを足す。
ここは、当たりだ。全てに満足感が高い。
デザートでございます。
津軽りんごのシロップ煮キャラメリゼソース掛けとりんごのシャーベットです。
さすがりんごの街つがる。
うまい。りんごの優しい甘味とシロップの甘味が絶妙だ。りんごのアイスが柔らかな甘味を楽しませたあと、静かに舌の上で溶けていく。後味も爽やかで、スプーンが進む。
紅茶でございます。
ズズ。
ふぅ。
次郎、ここはいい店だな。
あぁ、俺も初めて来たが、来た甲斐があったぜ。久しぶりに楽しかったよ。
あぁ、満足したな。
おい、会計を頼む。
次郎、今日は俺が。
いや、そんな借りを作るわけにはいかないぜ。
ふん、いつか返してもらうさ。
…そうか。わかった。
ご馳走さま、また来るぜ。
コロンカラン♪
ありがとうございました。
次郎、焦るなよ。しかし、急げよ。
帰り際、どちらとも取れない言葉を投げかけ、水鏡はホテルへと帰っていった。
暫くそんな水鏡の後ろ姿を暫く見送ったあと、次郎は一瞬空の細い月見上げたあと、タクシーに乗り込んだ。
続く。
レストラン山崎@弘前
フレンチの街弘前で三本の指に入るフレンチ。次郎的には今のところ第一位。全ての料理が優しいのに深い味わいで満足感がある。
3.6次郎