オ、オヤジ!
午前950。既に列は出来ていた。
まるで開店前のパチンコ屋さながら、覆面智の横に列はできていた。
オヤジからの突然のツイート。
急遽メニュー変更、上海カニでヤバイ奴を…
次郎は何気なくオヤジの更新を見た。普段は写真をツイートしないオヤジが上海カニの写メを投稿。その特異性に次郎は言葉を失った。
オ、オヤジッ!
ついているのかついていないのか、次郎はその日たまたま仕事が抜けていたため、朝10時からの開店を目指し950に覆面智に到着した。しかし、すでに列はできていた。
ちっ、さすが強者どもが集まってるな。
店の前にはラーメンの告知があった。
いつものスタイル。上海カニのヤバイ奴。勿論それはいい。しかし、その隣に小さく書いてあった文字に目がいった。
ゴリラ ラーメン!!
次郎は目を疑った。
ま、まさかオヤジ、カニだけでなくゴリラまで…いくら上海が中国とはいえそりゃあなしだろぉ!
と思ったが見間違えだった。
ゲリラ ラーメン!!
とあった。確かに今回は急遽のメニュー変更。ゲリラ的だ。
まるで郷ひろみのゲリラライブ。ラーメンはまさにライブそのものだ。
オ、オヤジ!
オヤジの背中にそこはかとない自信と熱量を感じていた。
上海カニは高級食材。それを大量に使うとあって値が張った。1800円。ラーメンにしては驚異的だ。しかし、オヤジの腕に間違いはない。
次郎は並んでいる最中に、にやにやした通りすがりの白髪くされおやじに、
ここのラーメンうまいんすか?こんな朝早くから。しかも1800円!どーなんすか?
などと話しかけらた。
黙れ、ど素人。次郎様に話しかけるなど100年早いわ。
早くここから去ね。さもなくば貴様は5秒以内に死ぬ。さぁ、早く立ち去るが良い。
次郎はカマした。人生は常にカマしが必要だ。
うろたえた白髪くされおやじは、力なく立ち去った。
ふんっ、くそが。テメーの人生には挑戦も無ければ栄華も無いわ!
次郎は立ち去る白髪くされおやじを背中からも罵倒した。
そして次郎の順番が回ってきた。
次郎は、カウンターに座すや否や叫んだ。
大盛りで!!
さすが。さすがだ俺よ。朝10時から大盛りに手を出すとは。ゲリラ戦は局地勝負。常に神出鬼没だ。
既に雑魚を一人仕留めた後で戦意が上昇している次郎。
俺の大盛り!はすこしはオヤジに効いているといいが。
次郎は水を飲み、目を閉じた。
はいよ。
突如沈黙は破られた。
来たか。ゲリラが。
む。カニは出汁だけと言っていた。見た目はとてもシンプルな悪い奴だった。
くっ、シンプルな悪い奴ですら十二分にうまいのに…どんな出汁の味がするってんだっ!!
次郎は恐る恐るスープを口に運んだ。
ふほっ!!
なんじゃこりゃ!カニが口の中ではじけだした。ぐぉ、醤油スープとカニが絶妙に絡み合い、それに豚バラから出た出汁がこの小さな器の小宇宙の中で、まるでブラックホールができる直前のように集まっている。
まさに次郎はその芯に迫ろうとしていた。
くひょー!!うまいぞぉぉ!
ダメだ我慢できん!
次郎は豚バラと麺を一気に口に放り込み、そして同時に、レンゲからスープを流しこんだ。
…
幸せってのはこういうことを言うんだ。次郎の頭の中で、電流が弾けた。悪い奴オリジナルの豚ばらチャーシュー。その醤油味がこのスープに絶妙なハーモニーをもたらし、黄色のちぢれ麺が主張しない程度にうまく絡まってくる。トッピングの青唐辛子がこれにキリリとしたスパイスを加え、荒々しいながらも完璧に調和した醤油ラーメンが出来上がっていた。
ズルズルズルッ!!
ズズズズズズッ!
ズルズルズルッ!!
ズズズズズズッ!
ぷはー。
気づくと次郎は、数年来禁じ手としていた、スープ全飲みの術までやってのけてしまっていた。
くっ、ダメだ。涙が出そうだ。
俺のコスモが限界を超えた。
このままもう一杯いける。そこまでのものだった。
ふん。あの白髪くされおやじは一生味わえない幸せ、俺は味わった。挑戦無くして成長なし!
かっかっかっかっ!
次郎は高らかに勝名乗りに似た雄叫びをあげながら店を出た。
未だ1030。次郎の休日は始まったばかりだった。
続く。
覆面智@神保町
たまに行われるイベント的ラーメン。いや、ゲリララーメン。今回は上海カニの悪い奴、通称ヤバイ奴。確かにヤバイほどうまい。中毒性高し。
4.1次郎