美食家 函館次郎 の独りごち飯。

東京近郊のうまくて並んでない店を探す男のドラマ

まる惠中華そば ラーメン 巣鴨

 次郎は巣鴨に来ていた。

 特に当てがあるわけでもない。ふらりと地下鉄に乗り、気がついたら都営三田線に乗っていた。大手町を過ぎ、神保町を過ぎた。

 いつもならここで降りるはずだが、今日はなんとなく神保町ではない気がした。そのまま乗り過ごし、白山あたりに来たところで、そろそろどこかで降りないと終点の高島平まで行ってしまいそうな気がした。

 それはそれで悪くないのだが、高島平に何かあるとも思えず、思い立って巣鴨で降りた。

 巣鴨には棘抜き地蔵という地蔵があり、そこに大きな商店街がある。観光客も良く来る場所で常にまぁまぁの賑わいを見せている。

 次郎は駅を出て棘抜きのほうに歩いたが、人が多くて面倒な気分になった。

 もともと今日は気分に任せているののだから、わざわざ嫌な気のする方へ行く必要はないかと思い直し、反対方面に向かう。

 こちら側は「鴨と葱」、「生姜は文化」、「まる惠中華そば」とラーメンの名店がひしめき合うエリア。やはり、そういうことかと、先ほど自分が巣鴨で急に降りるべきだと感じた理由がわかったのだ。

「俺も根っからの…だな」

 次郎は独りごちた。

 

 さてと、今日はどこに行くか…少し思案するものの、心は一つに決まっていた。

 ロータリーから一本裏の通りに入るとまるで割烹料理屋のような店構えが見えてきた。外待ちはなし。

 次郎はスタスタと店に近づいていった。

 店内に入ろうとしたところで、太ったバーコードおやじが店から出てきて、次郎に当たりそうになった。

 次郎はひらりと身をかわすとそのまま店内に入り込んだ。

「チッ」と舌打ちするようなおやじの声が聞こえた気がしたが次郎は無視して扉を閉めた。

 馬鹿めが、次郎様に体当たりを喰らわそうなど100年、いや1000年早いわ!

 そう心の中で叫んだ。

 

 気を取り直して食券機を見た。お勧めは醤油のチャーシュー麺のようだ。が、次郎は今日は塩の気分だったので、塩チャーシュー麺豚バラ肉のほうを選んだ。肩ロースに惹かれもしたが、肩ロースのチャーシューを想像できなかったため、バラを選んだ。やはりまだまだ脂が恋しいようだ。次郎は思いながら自分の腹を優しく撫でた。

 食券を渡しながらカウンター席に着く。水はと探すと背後にあるタンクにセルフと書いてあったため、一度立ち上がり水を注いだ。

 中の店員は二人。割烹着を来ており、その先を期待させた。

 

「お待ちどおさま」

 ごとりと丼が置かれた。

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「ほほー、これは見事な…」

 まるまると大きな豚バラチャーシューが丼一面を覆う。そのボリュームたるや、まるで豚が丸ごと一匹入っているような質量だった。
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 その下にある塩のスープが黄色がかった透明で食欲をそそる。

 レンゲでスープを飲む次郎。

「くっ、うま」

 キリッとした塩のスープが油と相まって多少のまろやかさを呈している。しかし、基本は尖った塩。これはうまい。f:id:hidekinghenry:20241029120923j:image

 続いて、麺に行く前にこのデカブツを倒すしかあるまい。そうして掴んだチャーシューは大物も大物。むしろ握力が負けて再びスープの湖に落としてしまいそうになるほど大きなチャーシューだった。

 それを口に持っていき、大胆に噛みちぎる次郎。ジューシーな油が口一杯に広がり、背徳の極みをまさに今極めているかのようだ。

 ほとばしる肉汁と塩気たっぷりの肉。満足しないわけがなかろうではないか。f:id:hidekinghenry:20241029120919j:image

 そして、この太い麺。次郎はどちらかと言うと細麺派なのだが、この店に来るとこの太麺が合うような気がしてしまう。

 このスープはこの太麺に負けないほどの味を備え、麺と戦いながら口の中に入ってくる。まるで妖怪大戦争だ。勝者はどちらだ?いや、どちらも強い。

「ふーー」

 次郎は大きなため息をついた。それほどの戦いがこのラーメンには潜んでいた。

 次郎は麺をすすり、スープを飲み、そしてチャーシューにかぶりついた。

 忘れ去られていた自らの野獣性を今まさに発現したかのような荒々しさで丼に勝負を挑んでいた。

 世の中は全て無だ、そんな思いの果てまで感じるほどに無心に貪った。

「ふー、ご馳走さん」

「ありがとうございましたー」

 次郎は席を立つと放心状態のまま店外へ出た。そこに一人の高校生が今まさに店に入ってくるところだった。次郎はなんだか無性にこの小僧に体当たりをしたくなった。

 しかし、その小僧は高校生特有の軽い身のこなしで、まるで牛若丸のごとくひらりと次郎をかわし店内にすり抜けていった。

「ちっ」

 次郎は舌打ちして振り向いたが、まさにそのタイミングで牛若丸は店の扉をピシャリと閉めた。

 はっと気づく次郎。先ほどの俺とバーコードオヤジの戦いとまるで同じではないか。

 

 この店のラーメンにはそんな魔力が潜んでいるのか、改めて割烹料理屋のよう店構えを見あげて、次郎はぎょっとした。店の上に見慣れぬ白い狐がいた。ように見えた。それは幻かはたまた…。

「まぁいい。次は負けぬぞ」

 次郎はうっすらと額にかいた汗を手でぬぐい大通りにでた。

 そういえば巣鴨には気持ちの良いスーパー銭湯があったなと思い出した。これはこのまま風呂へダイブといくか。

 次郎の休日はこうしていつも通り過ぎていくのであった。

 

続く。

 

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まるえ中華そば 巣鴨
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