函館次郎の独りごち飯。

東京近郊のうまくて並んでない店を探す男のドラマ

ホープ軒 ラーメン 神宮前 

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「おいおい、これから行くのかよ!」

次郎は声を上げた。

久しぶりに会う昔の仕事仲間。かなり昔の話だが、相変わらずの暴れ者たちだ。

 

「いや、こんなときこそしっかり食べないと体壊すぞ。」

まるまると太った観音寺がしたり顔で言う。こいつは昔からそうだ。

 

「いや、それは言い訳だろ!ただラーメン食いたいだけだろう!」

昔は伝説の生保マンとして業界で名を馳せていた東本願寺も、だいぶ頭に白いものも増え性格も丸くなっている。

 

「でも、次郎も行きたいだろ。オリンピックも見たいだろうし。」

再び観音寺。

 

「いや、見たいって競技場だけ見てもなぁ。」

「まだ見たことないんだったら行くべきだろう。そして、行ったらホープ軒に行くしかないだろう。」

 

観音寺に迫られる。かなりの肉弾戦だ。オールブラックスのような巨体でトライを決めにかかる観音寺。既に東本願寺は押し切られた顔。

 

「わーったよ、よし、行こう!もう11時だけどな。やってるのか?」

「やってるんだよそれが。」

したり顔の観音寺。如才ない調整力が社内でも遺憾無く発揮され、商船会社では結構有名な男らしい。

 

「そうと決まれば会計だ。」

「おーい会計頼む。」

次郎は店員を呼んだ。

 

「お、次郎払ってくれるのか?」

「ああアタボウよ。9333円だから、一人3111円だ。ここはキッチリいかせてもらおう。」

 

「いや、知ってたわ!」

次郎は観音寺と東本願寺からキッチリ3111円をもぎ取ると、店員を呼んだ。

 

「今日は嬉しい日だ。釣りはいらねーよ。交通費の足しにしな。」

「あ、ありがとうございます。」

若い店員は素直に笑顔を作った。

しかし、店員は差し出した手に、千円札が9枚、100円玉、10円玉、1円玉がキッチリ3枚づつねじ込まれているのを見て口をパクパクさせている。

次郎たちは店を出た。

 

店を出た瞬間観音寺が笑い出した。

「相変わらずキッチリヤローだな次郎は。」

「当たり前だ。みんな苦しい時代に楽に金が手に入ると思ったらおお間違いだ。これであの若いのも成長するだろう。」

「ははははは、違いねぇな。」

東本願寺が声を立てて笑った。

 

そして、既に観音寺は大きめのジャパンタクシーを止めている。この辺がやはり如才ない。

3人は乗り込むと国立競技場前まで向かった。

 

「いやー。久しぶりだなここも。」

「お、やってるやってるオリンピック。中見えないから、やってるかどうかはわからんがな。」

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次郎には、国立競技場がなんだか寂しそうに見えた。

 

「よし、あそこだ。」

3人はタクシーを降り、歩いてホープ軒に向かった。

 

「おい、じゃんけんするか?」

と観音寺。

 

「いや、いいだろめんどくさい。」

そう言いながら既に東本願寺は食券を買っている。

「そーやって逃げるんだよなー東本願寺は。」

次郎は推移を見計らっていたが、葱ラーメンを購入した。

 

一階は立ち食いだからか、誰もいなかったが二階に上がってみると、満席だった。

 

「凄いなこりゃ。ここしかやってないし、オリンピックだからな。」

「入れないけどな。」

「だな。」

名名がラーメンを待って狭いカウンターに座る。

 

束の間無言の時間が過ぎる。

「なんだか昔を思い出すな…」

次郎は独りごちた。

 

「お待ちどう様です。」

店員が丼を3人の前に置く。

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「来たー。ん?なんかビジュアルが違うな。」

「昔辛葱の細いのじゃなかったか?」

「そんな気がするな。まぁいいか。」

次郎は麺を啜った。

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ズルズルッ、ズルズルッ。

「味はこんな感じだったな。夜中に来る味だ。背脂がたまらん。」

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「スープもこの時間にモンスター化する味だよな。」

ズズズズー。

「うまい、なんとも言えんな。」
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ズルズルッ、ズルズルッ。

 

麺を啜る音が店内に響く。

しばし無言の3人。

 

「いやー、食ったな、死にそうだ。」

「あぁ。もう若くない。」

「だな。」

3人は顔を見合わせて笑った。

 

「よし、出るか。」

「ああ。」

3人は店を出た。

 

「久しぶりにうまかったな。」

東本願寺が言う。

「だろ、だから言ったんだよ。」

すぐ様観音寺が答える。

次郎はそれを見て微笑む。

 

「さて、帰るか。」

「俺は逆方向だから。」

「ああ、またな。」

「ああ。」

「本当はこれから2軒目のラーメン屋に行く時間なんだけどな。」

「はは、そうだな。」

「早く収まって欲しいよな。」

「あぁ。」

 

「じゃあまたな。」

次郎は二人と別れ国立競技場駅方面にむかって

歩く。二人はタクシーに乗ったようだが、次郎はなんだかまだ帰りたくなくて、ヒッソリと佇む国立競技場を見ながら歩いた。

 

「これから俺たちは、いや、俺はどこに向かうんだろうな。ラーメンばかりも食っていられないのか。」

次郎は国立競技場に聞いてみた。当然ながら答えはない。鉄の柵で封鎖されている入口の前で若者が楽しげに写真を撮っている。

 

あの頃は理由なく楽しかった。やはり歳を取ったのだろうか…

行き場のない考えを緩い夜風に彷徨わせる。

 

青い信号機の点滅が何かを訴えてくるような気がしたが、やはり何も聞き取れなかった。

 

続く。

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