な、なんてこった。
せっかく早稲田まで来たってのに…
次郎は年末を締めくくるべく、テレビで紹介されていたラーメン屋ガンテツを訪ねていた。
店主のブログを確認し、本日最終営業日だと書いてあった。
しかし、ブログの発信日はよく見ると昨日だった。
早稲田に5時に着いた次郎は店がオープンする6時までろくでもないカフェとやらに入り、紅茶をすすった。
満を持して6時きっかりに店に向かったのだった。行列ができていないことにほくそ笑んだのもつかの間。それもそのはず、店は休みだったのだ。
な、なんてこった。
年末の木枯らしは落ち込んだ次郎の心に追い討ちをかけるように斬りつけた。
サブッ。
立ち尽くす次郎。しかし、時は年末。ほとんどの店が休みだった。
仕方なく、もと来た道を引き返した。
トボトボと歩く次郎。
見上げると大隈講堂があった。
次郎が四年間通った懐かしい校舎があった。
次郎は久しぶりにノスタルジーに浸った。あの頃は若かったな。前途は洋々だった。
ラーメンを好きになったのもこの頃だった。
今はどうだ?
年末に一人ぷらぷらと今だにラーメン屋に行き、そして店は開いていない始末。
ふん、それも人生か。
すれ違う学生は若者特有のキラキラ感があった。
あまりラーメンばかりに気をとられるなよ若僧。成れの果ては、次郎かはたまた…
どんっ
おう。後ろから走ってきたアメフト部の学生に突き飛ばされた。
しかし、夕陽に染まる学生の後ろ姿は輝いていて、次郎は何も言えなかった。
ここは、俺に何を思い出させようってんだ。
次郎は独りごちた。
さらに歩いていくと、駅に着く前に学生時代に通った揚げ物屋キッチンおとぼけがあった。しかし、今日は休みだった。おとぼけさんもお休みか。おとぼけな。いや、俺の方がおとぼけか…クククッ…
…
…揚げ物か。そうだ、思い出したぞ。本当は行ってみたかったとんかつ屋があったんだ。
蒲田の有名なとんかつ屋が大門に店を出し、それほど混んでいないという情報を次郎は3日前に得ていたのだった。
ふん、俺もとんだおとぼけだな。
次郎は大門に向かって地下鉄の階段を駆け下りた。
あ、なんて遠回りなんだ。飯田橋から大門は29分もかかるのだった。しかし、今さらこの奥深い大江戸線を引き返すのも面倒だ。さらには今しがた電車が出て行ったばかりだった。
ふん、まぁ急ぐ旅ではあるまい。ゆるりといくか。気持ちを切り替えて次郎は大江戸線の旅に出た。
列車は空いていた。次郎は迷わず優先席に座した。
ふん、優先すべきは、俺の心意気だ。大江戸よ、こんな狭い列車にしたことを後悔するがいい。次郎は目を閉じた。
気がつくともう汐留だった。
次は大門だな。
意外と早く着いた印象だった。
大門駅に着くと次郎は大股で階段を上がり、どんどん上っていった。
しかし、駅にもほとんど誰もいないな。
これだから大江戸は深くて困るぜ。しかし、脂ものを食べることだし、これも道か。
地上に出た。
ふー、こっからは平坦コースか。グーグルで位置を確認し歩きだした。
うぉっと。
背後から外国人ランナーが次郎のすぐ横を駆け抜けて行った。
ふん、そんなに走ったってところで吸収カロリーを抑えなければなんの意味もないわ!せわしい年末に生き急ぐが良い、この極東で!
とその背中を一瞥し、再び歩き出した。
ほとんどのビルが沈黙し、町は眠っている。
その先にひょっこり件の店は姿を現した。
あおきってのはこんな字なのか。なんだか優しい気がするのは年末の迷いか気のせいか。
ガラガラ♪
いらっしゃい。
次郎はカウンターに座した。
さてと、メニューを見た。
意外と安いな。特上か上か…量も多いしな、上ロースよろしく!
はいよ。
まずは、お通しの佃煮でお茶を濁すか。
む、塩が四種類もあるな。いい肉は塩でってか。古いな。まぁいい。
次郎は目を閉じた。
キャラキャラキャラ♪
とんかつの上がる音が心地よく耳に響いた。
はいお待たせしましたー。
突如沈黙は破られた。
おぉ!!
見た目抜群だな!
なんてカラッとしてるんだ。貪りつきたい衝動にかられるぞ。
いつもは血糖値を心配してキャベツから行く次郎。しかし、今日は別だった。
中身を見ると、分厚くて肉は少しレアないい色をしていた。
ダメだ、我慢できん。
次郎はボリビアの塩をつけてとんかつを口内に放り込んだ。
ぐお、なんだこれは!
分厚いのに柔らかい。
衣もサクサクだ。
肉を噛んだ瞬間、肉の脂が口の中で溢れ出す。
なんじゃこりゃー!!
う、うまいどーーーー!
次郎は脳内でミスター味っ子になっていた。
これはここ1年で一番うまい!
蒲田に行列をなすわけだ。
そして、この豚汁がまた。豚バラが効いている。ダメだ、こりゃ涙がでちまうぞ。
これは、完敗だ。
年末にいいもん食わせてもらったぞ。
おい兄さん、お会計頼む。
1500円です。
安いな。コスパも最強ってわけか…
叶わないぜ。
今年中に知れて良かった…来年は俺も社会に一杯食わせる番だしな。クククッ。
次郎は独りごちた。
ガラガラ♪
ふー、汗が出るくらい暑いな。冬の寒風なんて屁でもないな。
サブッ!
そうは問屋がおろさなかった。
ふん、まぁ今年はいいさ。次郎は満足していた。
ビルから覗く狭い空には、冬の空気に冴えた星がきらめいていた。
続く。
とんかつ あおき@大門
めちゃうまい。次は特上ロースにしよう。
脂も肉の厚さも衣もめっちゃうまい。通っちゃいそう。
3.9次郎