今夜も次郎は大館に向け車を流していた。
大館のきりたんぽと比内地鶏にすっかりはまっちまったなぁ。今夜は比内地鶏三昧といくか。ヨダレがたれるぜ。
次郎は国道7号線を青森からまっすぐ南下した。
お、そろそろ大館だな。いやー、きりたんぽ屋むらさきもうまかったなぁ。
いかんいかん、目移りしちまうな。
お、ここだ。そこは少し寂れた商店街にぽこっと明かりのついた店だった。
ここだけ、いい感じだな。
次郎は隣の古い駐車場に車を止め、店に入った。
あれ?
自動ドアが壊れていて、中から店員がやってきた。
検温させていただきますね。
お、おう。
お一人様ですね?
見ればわかろう。
カウンターにどうぞ。
次郎はカウンターの奥に座った。
ほほう。
いきなり飛び込んで来たのは比内地鶏のモモステーキだ。
うまそ!
きりたんぽ鍋もあるし、一品も豊富。こりゃたまらんな。
うーむ…
こちらは、親子丼ときりたんぽ小鍋のセットが両方楽しめていいですよ。
横から女将が口を挟む。
なるほど。
しかし、みくびられたものだ。俺の胃袋は宇宙だと言うのに。よし、目に物みせてやるわ。
では、そのセットに、比内地鶏の叩き、そして、モモステーキのワサビ塩、さらには唐揚げと、がっこ。とりあえずそれで。
は、はい、かしこまりました。
見たか、都会の男の凄さを。
次郎は独りごちた。
はい、がっこと比内地鶏の叩きです。
来たな。おお、美しいがっこのビジュアル。叩きもいいな。
コリ、コリ。
うー、うまいなこのがっこ。
ぐぉし。
ほほう、叩きもしっとりとして旨味がでてくる。流石比内地鶏。
はい、親子丼と、お鍋です。
え、先に親子丼と鍋か…し、仕方あるまい。いくしかないか。
次郎は蓋を開けた。
くお、旨そうだ。トロトロの卵に、比内地鶏。
どら。
ふおー、口の中でトロトロと震える。甘い卵に、塩気のある地鶏。甘辛のタレがご飯に絡まってなんとも言えぬハーモニー。こりやラベルのピアノ協奏曲ばりに華やかだ。
くお、この、きりたんぽもまた、暖かそうな顔しやがって。うまそ!
くお!この甘辛の親子丼、とまらねぇな。
むしゃむしゃ。
次郎はきりたんぽをよそった。
旨そうな顔しやがって。
ふほ、もちっとした食感に濃い目の出し汁がぴったり、出汁には比内地鶏。これまた贅沢だ。
はい、モモステーキです。
くお、これまたうまそうなビジュアル。次郎はステーキを頬張った。
おお、たんぱくな食感だが、噛むと脂が口の中に弾ける。ジューシーかつさっぱり、表現のしようがないぜ。
むしゃむしゃ。
こりゃやばいな。
おい、女将。
はい。
唐揚げに、椎茸の肉焼き、さらにはもつの唐揚げ、ネックの串もだ。
は、はい。
ふん、どうだ、都会の男を舐めるなよ!
カウンター内では女性店員が串を焼いていた。
そういえば、ここは全員女性か。意外だ。
はい、お待たせしました。
お待たせしましたー。
もろもろきたな。
うう、この唐揚げ、ジューシーやないか!うまいぞ。カリカリだ。
そして、このネックの串。脂が乗ってちょうどいい。椎茸はジューシーだし、もつの唐揚げも美味。こりゃさすがの次郎様もきつくなってきたぜ。
おい、女将!
はい!
コーラ頼む。
は、はい!
ふぅ。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。
この店は当たりだ。
はい、コーラです。
来たか。
ごきゅ、ごきゅ。
次郎はコーラを一気に飲み干した。
ぷほー、染みるぜ。
ピロリローン♪
ん、なんだこんな時に。
次郎の携帯がなり、メッセージが映し出された。
大館にいるのか!?
それなら昔のきりたんぽ屋がおすすめだぞ。
トコブシ銀次
ふん、今夜は比内屋だよ馬鹿野郎。
しかし、そこは目をつけていた店ではある。
トコブシの野郎いい店に目をつけてやがる。
トコブシ銀次は、次郎の大学の研究室が一緒だった男で、研究室内ではグルメで有名であり、次郎のライバル的存在だった。
ゲフッ。
食い過ぎたか。
おい、女将!
は、はい!
そんなにびびるなよ。お会計だ。
はい、かしこまりました。
5130円です。
なに、あれだけ食べてたったの5130円。
いい店だ。
ほらよ、釣りはいらねーよ。新しい地鶏でも仕入れな。
次郎はキッチリ5130円を金皿に叩きつけた。
また来るぜ。
次郎は故障した自動ドアをこじ開け外に出た。
しかし、トコブシも大館に来ていたとはな。神出鬼没だ。どこかで会っちまうのかもな。
へへ。次郎は空を見上げた。冬の空にオリオン座が輝いていた。
どん、おおっと、気をつけやがれ!
次郎を押し除けて男が店に入っていった。
ん?
ま、まさかトコブシ…
いや、まさかな。
次郎は再び超新星爆発で消失すると言われるベテルギウスを見つめた。
あと10万年以内。気の長い話だ。
キラリと件の恒星が明滅したように見えた。
続く。
秋田比内や大館本店@大館
大館にある秋田比内地鶏料理の有名店。小皿料理も充実しておりいろいろ楽しめる。そしてどれも比内地鶏を存分に使っており、うまい。素朴な味付けが地鶏の旨みを良く引き出している。
3.7次郎