次郎さん、ここの町中華がうまいんすよ。
次郎は敏腕広告代理店マンのトンダ林と神保町の街を歩いていた。
次郎も神保町は長らく通っているはずだったが、ここの店は入ったことがなかった。
うぬぬ、やるなトンダ林、さすが一流代理店マン。色々知ってやがる。
次郎は、昔広告代理店マンだけには、店探し術で負けまいと心に誓っていた。
大分負けないようになっては来ていたものの、やはり完勝するのは難しい。あちらは仕事、こちらは趣味。歯がゆいぜ。
次郎は独りごちた。
ガラ♪
イラッシャイマセー。
店に入るとシェフたちは中国語で喋っていた。
うるさいな。まるで中国っぽいぜ。
店には、有名人の色紙がずらり。古いものもあり。昔から有名だと窺い知れた。
ち、さすがトンダ林。
さてと。まずはビールにしますか次郎さん。
お、おお。
オネーサン、生二つ。
ハイ。
かんぱーい。
次郎さん、どーですか青森は?
ううーん、まぁまぁかな。やはり東京ほど美味い店がないな。
そりゃそーですよねー。
じゃここの中華で東京の町中華を楽しみましょう!
じゃ、餃子、豆苗炒め、それと砂肝の唐揚げ。
それと、鶏肉とカシューナッツの炒め物!
ハイ。
ふぅ。オーダーまでセンスを感じさせる。
負けられん。
トンダ林の景気はどうだ?
まぁ、まぁまぁかなぁ。なかなか小売業界も厳しいんすよねー。接待も減りましたねー。
そういうトンダ林は嬉しそうだった。
の割には、顔がほころんでるな。
まぁ楽にはなりましたね。
ふん。そーいうものか。
ハイ、砂肝デス。
突如沈黙は破られた。
ほほー。うまそうだ。この塩がいいな。
次郎はおもむろに唐揚げを頬張った。
カリ、サク、ぎゅ。
おお、こりゃあうまい。
ですよねー。これ好きなんすよー。
さすが看板メニューだ。これだけでビールがいける。
カリ、サク、ぎゅ。
うまいな。砂肝の肉汁がカリカリの衣と相まって、さらに塩がそれを引き立てる。当たりだ!
カリ、サク、ぎゅ。
ハイ、鶏肉とカシューナッツデス。
来たな!うまそうだ。
このとろみ。次郎はさっそく、カシューナッツと鶏肉を一緒に頬張った。
カリ、ギュギュ。
うーん、うまい。この鶏肉と甘辛のあんた、カシューナッツの食感がたまらん。たまに来るピーマンのザクッとした感じもまた。
ですよねー。
ふん、トンダ林め、イエスマン力もキチンとあるぜ。それで何人のクライアントがたぶらかさられたことか…まぁいい。
ハイ、豆苗です。
これ待ってたんですよー!
うまそうだ。
ザクザクッ。
トンダ林は勢いよくかきこんだ。
うまそうに。
次郎も負けじと頬張った。
ザクザクッ、ザクザキュッ。
うまいぜ、この中華油がまたなんとも。
ハイ、餃子です。
ほほう。この餃子も柔らかそうだ。
皮も薄く、俺好み。
ですよねー。
ち、またもやイエスマン力を見せつける。
しかし、うまいので仕方ない。
じゃ、高菜チャーハンを頼む。
ハイ。
相変わらず、シェフたちは中国語でうるさく会話している。トンダ林との会話も自然と大声になる。
全く痩せちまうぜ。ふふ。
ハイ、チャーハンデス。
来たな。どら。
く、うまそうだな。やはり町中華はチャーハンだ。キムチを入れてもよかったかもな。
ムシャムシャ。
ムシャムシャ。
締めはやっぱりチャーハンすねー。いや待てよ、次郎さんこの店の後ラーメン屋考えたません?
ん?よくわかったな!
抑えめですもんねチャーハンまでの品数が。
さすがだ。さすがの先回り。まだまだ現役だなトンダ林よ。
ははっ、次郎さんもでしょ。
ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ…
2人の食べる音が響くが、すぐにシェフたちの大声でかき消される。
ゲフッ。
食ったな。会計といくか。
すね。会計お願いします。
ハイ。
7800円です。
ほらよ。ここは割り勘で。俺が大きい方でいいな。
は、はい次郎さん。
ほらよ。
次郎はトンダ林の手のひらにキッチリ3900円をねじ込こみ、先に店を出た。
トンダ林の怪訝な顔が一瞬見えたような気がしたが、構うことはなかった。
ラガ♪
ふぅ。うまかったな。神保町もまだまだ奥が深い。
ラガ♪
お待たせです。さて、何ラー行きます?
ふん、このバブル時代最後の生き残り感がたまらねぇな。
ですよねー。ははははは。
2人の笑い声は夜風に吹かれて、水道橋方面に消えて行った。
続く。
北京亭@神保町
老舗の町中華。なに食べてもうまい。とくに砂肝の唐揚げは絶品。
3.5次郎