うう…ピリっとしたものが食いてぇ。
午後8時。次郎は電車で高田馬場に向かう途中、無性に辛い肉が食べたくなった。
こうなると仕方ない。他のものは何も手につかなくなる。
次郎は車中、そばでぺちゃくちゃ喋っている体育会系大学生たちに一瞥をくれながらひたすらググった。
うるせぇな。
お?タイ料理か。ガパオ、うまそうだな。
よし、今夜はタイだ。
どこがいいんだ?ふむふむ。
目当ては三軒だな。
よししらみつぶしに当たってみるか。
戦略は決まった。
次郎は学生たちのぺちゃくちゃをBGMに目を閉じた。
プシュ〜
電車のドアが開くと、途中の乗客を押しのけ、一直線に改札を出た。
高田馬場駅前のビックボックスを右手に見ながらその横を上り、左に折れ、1軒目の店、ボスに着いた。
ここだな。
幸い、この時間だ。空いているだろう。
ウィーン♪
思った通りガラガラだ。
いらっしゃいませ。
1人だ。
お好きなところにどうぞ。
次郎は空いてるテーブル席に座った。
壁に掲示してあるお勧めを見た。そのあとにメニューブックを見た。
なかなか多彩だな。期待できるぞ。
おい!
はい。
トムヤムクンスープ。それと、生春巻き、そして、この挽肉炒めだ。多いか?
うーん、どうでしょう。
ま、まぁいい、それで。
はい、わかりました。
量がわからんが今の次郎の勢いかるすると、それはものの数ではなかった。
置かれた水をがぶ飲みする。
待っている間に再び壁のメニューを見た。
く、この炒め春雨が気になるな。炭水化物は今のところ頼んでいないしな…うう…
おい!
はい。
この炒め春雨頼む。
はい、かしこまりました。
最初の多いかどうかなんて質問が馬鹿らしいぜ。人生は一度きりだ。
次郎は心の中で強がりを言った。
はい、お待たせしました。
おお、なかなかのビジュアル、そしてボリュームがある。これで650円か。
しっかり海老も入ってるな。次郎は甘だれをつけて頬張った。うむ。うまい。ぎっしり入っている。この甘だれも昔は眉をひそめたが、今は慣れてきたぜ。なかなかだ。
はい、トムヤムクンです。
ほお、ここでも温めるのか。なかなかの心遣いだ。
出汁が効いてそうのスープだ。
うん、うまい!これよこの酸味を待っていたのよ。
海老もしっかり入ってるな。しかし、この酸っぱさがたまらんな。
はい、炒め挽肉です。
きたー!これだよ明智くん。この肉を待っていたのだよ。
くー、うまそうだ。
この挽肉は貪り食べたくなるんだよな。
ぐお!うまい!ギシッとした食べ応え、溢れる肉汁、つきささる唐辛子。これだよ!明智くん!
はい、炒め春雨です。
ほぉ。写真と比べるとすこし穏やかな色だ。
どうだ?
ほぉ、味は焼きそばだな。うまい。春雨だからヘルシーだな。ははっ!
むしゃむしゃ
ズズズズ
むしゃむしゃ
ズズズズー
ふぅ。
何だかんだ腹一杯だな。
やはり、多過ぎたな。腹が減ってるとつい頼んじまうんだよな。
まぁ一期一会だしな。
これがいかんのだが…
えい、ままよ。
次郎は独りごちた。
ご馳走さん。
ちょっと残しちまったが、まだまだ奥が深そうな店だ。また来るとしよう。
おい、会計頼む。
はい。
3600円です。
お、まぁリーズナブルだな。
ほらよ。釣りで新しい春雨でも仕入れな。
コップンカップ、と。
キッチリ3600円をテーブルに叩きつけ、次郎は席を立った。
ウィーン♪
ゲフッ。
腹一杯だな。よし、早稲田まで 1駅歩くか。
しかし、なかなかさぶいな。
冬到来か。
まぁ早稲田まで歩くとラーメン屋に入っちまうからな。やはり山ノ手に乗ることにしよう。
次郎はそう呟くと、JRに向かった。
駅前のロータリーではいくつかのサークルの学生たちが嬌声を上げている。高田馬場に昔からあるお馴染みの風景だ。
次郎は立ち止まり、焦点を合わせることもなく、その陰影をぼんやりと見た。
俺にもあんな頃があったな…
次郎は懐かしさと共に、切ない気持ちになっていた。
しばらくその影たちを見やり、次郎は再び歩き出した。
高田馬場駅に疲れたサラリーメンが吸い込まれていく。
次郎はその雑踏に紛れていった。
続く。
タイレストラン ボス@高田馬場
タイレストランはいくつもある高田馬場。その中でも屈指の味。種類も豊富でそそるメニューが多い。3、4人がベストではあるが、1人も可。
3.55次郎。