雨が降っていた。
風が強く、雲はどんよりとしたグレーに染まっていた。
次郎は押上駅を降りた。
ここで、人と会う約束をしていた。
時刻は13時。
駅を出るとすぐに巨大なスカイツリーが次郎の前に現れた。
しかし、雲がタワーの途中から天辺を消していた。
まるで近未来の世界だ。
次郎は独りごちた。
ふん、約束にはまだ少し時間があるな。昼だしな、よし何か食うか…
下町だしなぁ、ツリーの喧噪はうっとおしいし、何かないか…広い靖国通りを暫く浅草方面に歩くと、風情のある暖簾が見えた。
蕎麦屋か…ん、これは天ぷらか……!?
なんだこのタワーは!
天丼のレプリカに目が止まった。
スカイツリーではない。しかしエビが上に向かって突き刺さっている。
よし。ここだな。今日は。玉には冒険だ。
ガラガラ♪
はい、いらっしゃーい!
元気なおばちゃんの声が響いた。
一人だ。
そこの席にどうぞ。
昼を過ぎ雨が降っているからか、意外と空いていた。
メニューを見た。
これか…
よし、おばちゃん、タワー丼で。それともつ煮込みも頼む。
はいよ。
次郎は目を閉じた。
はい、タワー天丼お待たせー。
ぬぉ!
た、タワーだ。憧れのタワマンだ!
指でその長さを表現しようとしたが、遠近法で逆に小さく見えてしまう。
ええぃ、まぁいい。とにかく味見だ。
はい、もつ煮込みね。
おぉ、これは美味そうだな。
いや、兎に角タワマンだ!
タワマン三棟を天丼の蓋に倒し、つゆをたっぷりかけた。タワマンはアッサリ倒壊した。
ふん、耐震性は低いようだ。
次郎沖地震の破壊力を見せつけてやろう。
次郎は独りごちた。
むしゃむしゃ。
バリバリ。
瞬く間に海老タワーはぐしゃぐしゃになった。
味は…予想通りか。
まぁ悪くない。
もつはどうだ?
これも悪くはないな。
むしゃむしゃ
さすがに三棟目の海老タワーの味には飽きて来た次郎。大根おろしと七味で味変し、平らげた。
ゲフッ
ふー、食ったな。
さてと、お勘定頼む。
はい、2400円です。
まぁタワーが1800円だからな。しかたねぇ。
ここに置いとくぜ。釣りはとっときな!
キッチリ2400円をテーブルに叩きつけた。
ありがとうございましたー!
ガラガラ♪
空を見上げる次郎。
うっとおしい雨はまだ降り止まず、タワーも未だ途中から消えたまま。
…俺もこのまま世界から消えちまはないようにしないとな。
ブルッ
相変わらず強い風がねっとりと次郎にまとわりついた。
遠くに次郎を見る人影が見える。
手に持つ傘はやけに紅く輝いて見えた。
まるでモノクロ映画の中で、そこだけ色を消し忘れたかのような綺麗な紅だった。
次郎はゆっくりと手を挙げた。
続く。
かみむら@押上
タワー天丼で有名?な蕎麦屋。
味はまあまあ。フォトジェニックな天丼は話の種になるかな。
3.3次郎