ふん、臆病者がっ!
次郎は独りごちた。
次郎は久々に外国に住んでいた頃の友人と夕食を共にした。
それぞれ立派に成長し、気がつけば所帯を持っていないのは次郎のみ。
ふん、どいつもこいつも結婚か。子供か。夜泣きか。待機児童か。
俺自身が待機児童だよバカヤロー。
次郎は銀座の夜空に向かって叫んだ。
友人達は早々に銀座の街を後にしたが、次郎の夜は綺麗に終わる筈がなかった。
ふん、臆病者がっ!
なんだかムシャクシャするな。
金曜夜の銀座は浮かれた男女でごったがえしていた。
銀座駅にほど近いヒムロというラーメン屋に突っ込もうとした次郎だったが既に満席。
ちっ、舐めやがって。後悔させてやるっ!
次郎は独りごちた。
他のラーメン屋は…
……
おぉ!そういえば担々麺のうまい店があった筈だ!そして、数寄屋橋からも近かった筈だ。
次郎は浮かれた男女をかき分け、件の店に着いた。
ガラガラ♪
いらっしゃいませ。
扉を開けると待合客が待合席を埋めていた。
く、ここも満席か。いや、しかし回転は早そうだ。次郎は店にたむろする中国人たちを押しのけ待合席に座って目を閉じた。
お客様、こちらへどうぞ。
ほう、意外と早かったな。
程なくカウンター席に案内された。
排骨担々麺だ、バカヤロー!
座ると同時に注文し、再び目を閉じた。
はい、おまち。
おお、ユリオカだな!ははっ!
幾分機嫌も直ってきた。
ほう、旨そうだ!
排骨がそそるな!
次郎は排骨にむしゃぶりついた。
うほー、うめー!良い辛さだ。
ズルズルッ!
麺にもこの濃厚なスープが絡んでうまい!
うまいぞおやじ!
ズルズルッ、ズズズ、ズズズズ。
プハー。
完食だった。深夜の排骨担々麺。順調に腹が出た。
釣りはいらねーよ!
次郎は千円札をカウンターに叩きつけた。
丁度1000円だった。
ガラガラ♪
店を出て空を見上げると、銀座のネオンは怪しく輝いていた。
ドンッ!
うぉうっ!イテっ…!?
大丈夫か?
Zガンダムのフォー・ムラサメを彷彿とさせる妖艶な女性が次郎にぶつかり、そのまましなだれかかる。
大分酔っているようだ。
お、おい、しっかりしろ…
んん…
次郎から離れない。そして、良い匂いがする。
今度のも!
フォーは意味不明な言葉を吐き、目を閉じた。
…
ダメだこりゃ。
次郎はフォーを連れて丸ノ内線まで彼女を送り、車内の席に座らせた。
ありがとう…
フォーは次郎の目を、潤んだ瞳で見つめ、再び目を閉じた。
…じゃ、じゃあなフォー。
プシュー。
無情にも電車の自動扉が閉まった。
口惜しさが一縷次郎の胸をついた。
しかし、電車は動き出した。
フォーは窓から次郎をチラリと見た。
電車は遠ざかっていく。
名前を聞けなかったな…
ふん、そんな夜もあるか。
次郎は混雑する構内を銀座線に向かって再び歩き出した。しかし、車両のいなくなったホームを振り返った。
線路とその先に暗闇だけがあった。
…
次郎は雑踏を再び歩き出した。
続く。
排骨担々麺といえば渋谷の亜寿加か銀座のはしご。濃厚なスープに食べやすいボリューミーな排骨。飲んだあとにも至高の一杯。
3.7次郎