食い倒れ 函館次郎のひとり飯道

函館次郎が世間の荒波に抗いながらひとり飯に命を捧げる物語

とりかつ 定食屋

う、浮かれやがって。

 

世の中がバレンタインデーの夜、次郎は一人渋谷の街を歩いていた。

 

昼間次郎は上野の森で絵画をみていた。
次郎は考え事をするときは上野の森にいくことが多かった。木々に囲まれた道を歩き、ふらりと美術館に入る。平日の昼間、特別展でもなければ美術館はひっそりとして、なんだか絵画と対話しているようなそんな厳かな気分になれた。

 

次郎はベネチア派から印象派を得意分野としていた。とくにティッツィアーノが好きでフィレンツェにも彼の絵画を見に行くこともあった。

 

日本は特別展でもない限り、名画と世界で呼ばれているものはなかなか見る機会がなかった。しかし、東京のここ上野は東京都美術館があり、その機会が比較的多かった。

 

次郎も絵画を見に行くことが増え、気がつけば足繁くこの森に通うようになっていた。

 

ひろびろとした場所にでると冬の針葉樹が全て葉を落とし、木々は寒々しさを感じさせた。しかし同時に、時の流れが絶え間なく動いていく躍動感のような、ある種の熱も木々は孕んでいるのだった。

 

ふー。やはり落ち着くな。スタバのコーヒーの匂いがなんだか心地よく感じるぜ。


芸大生が楽器を練習し、大道芸人がジャグリングの練習をしており、その練習風景を通りすがりの人が囲む。まるでパリの公園だ。


そばにないのはセーヌだけか…
次郎はひとりごちた。

 

 

しかし、まだまだ寒いな戸外は。
さてと、充分英気は養ったし、何か食うか。
そういえば上野にはうまいとんかつやもあったけどな。

だが、なんとなく気分は上野を離れたがっていた。

 

次郎は森を抜けて、街を抜けて地下鉄に降りた。銀座線に乗り、渋谷方面を目指した。


ガタンゴトン♪

次郎は眠りに落ちた…

 

 

ガタン。

うぉう。


ふー、寝ちまったか。ついたようだな。

次郎は渋谷に降りた。

 

街は次郎とは無縁のバレンタインデーだった。

浮かれやがって。ふっ、まぁ平和な証拠だろう。

さてと。どーするかな。


次郎はバレンタインの喧騒を離れ、道玄坂を登っていった。

 

百軒町か。せせこましい、歌舞伎町の裏のような、そう、パリのモンマルトルのような場所だ。

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怪しいホテル街の入り口で、次郎はある看板を見た。

なんだか見たことのある看板だ。看板というか文字だ。


とりかつ、とりかつ、、、

 

おぉ、そうだ、前に一度行ってみたいと思っていたB級定食屋の名前じゃねーかっ!
こんなとこにあったとは。しかし、どこに店があるんだ?  あぁ??

 

次郎は聖バレンタインに向かって叫んだ。
よく見ると看板の裏に細い道があった。

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む、奥か。

次郎はいぶかしみながらも小道に入っていった。

そこの小さなビルにさらに案内は続いていた。

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なんだか迷路だな。それもよかろう。
おぉ、あったな。

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ガラガラ♪
次郎はドアをあけ、そばのカウンターに座した。

古い。だが味のある店だ。
中はアジア系の中国人やマレーシア人がいた。そしてバンドマンも、もりもりと揚げ物を食べていた。

 

ほう。いいなこの感じ…

 

お客さん、何にする?
突如沈黙は破られた。


う、あ、ええっ、

次郎は不意打ちをくらった。前を見ると揚げ物3品800円、4品1000円、人気定食650円…と貼り紙があった。

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 よし、4品だ!

 


どの4品??

く、続けざまのジャブ。やるな、オヤジ!

 

 

と、とりかつ、カニクリームコロッケ、メンチ、、、それと茄子だ!
えいままよ、次郎は目に付いたものから順に連呼した。
た、確かとりかつが有名なはずだ。

 

冷や汗が出たぜ。まさか相手から求められるとはな。

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ガラガラ♪

ひとり、またひとり中年おやじたちが集まってくる。隣に座った髪撫でつけメガネおやじを一瞥し、次郎は目を閉じた。

 

ふん、おまえのように俺はならんのだよ。同じことをしても格がちがうのだ、ツマラナキ者よ。

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はい。おまちど♪

突如沈黙は破られた。

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ほう。満載だな。しかし、バカ盛りではない。味噌汁とご飯か。味付けはソースと醤油だな。シンプルだ。

 

次郎は醤油をかけ、とりかつを口に入れた。

サクッ

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ほう。衣が薄くてサクサクだな。やるじゃねーか。とりだけに軽くていいな。軽やかだ♪

 

サクサクッ

 

メンチも重苦しくない。そして、ハムカツか。

 

サクッ

 

ふん、これは衣をつけてもつけなくてもいいが、なんだか懐かしくていいな。

 

サクッ

最後はカニクリームコロッケか。

うまいじゃねーか。これはおやじたちは来ちまうな。そしてコスパも悪くない。飯の量も多い。

 

ゲフッ。

ふー、食ったな。

周りを見るとすでに中年たちは消えていた。

俺の妄想だったのか…いやいや、そんなことはあるまい。俺の輝きについてこれなかったツマラナキ者たちよ。

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おい、おやじ!ちょうど千円置いてくぜ!

次郎はカウンターに千円札を叩きつけ、扉を開けた。

 

ガラガラ♪

 

おぅっ

すれ違い様にわけのわからない言葉をしゃべる男女が入っていった。

 

ふん、今夜はバレンタインだ。景気よくやりな!

4品以上でな!

 

次郎は道玄坂に出て、坂を足早に下っていった。

 

様々なネオンが、渋谷にわだかまる大小の思惑を照らし出していた。

 

続く。

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とりかつ@渋谷百軒町

昔ながらの揚げ物屋。メニューは揚げ物のみ。このコスパにもかかわらず若者はあまりおらず、中年サラリーマンと外国人に支配されている。味はなんてことないのだが、なんだかクセになる。再訪の予感。

3.4次郎