なんてこった。
なんでこんな町に来ちまったんだ。
こんないい町に…
次郎は独りごちた。
次郎は次郎の父の友人Aから荷物を引き取りに来たのだが、Aは神保町に住んでいたため、きしくも、次郎行きつけのラーメン屋の町にまたしても足を運んでしまったのだった。
時刻は18:00。そろそろ夕食を食べても許される時刻だな。となると…
お、おやじっ…
ラーメンの前に、ラーメン屋のオヤジの顔が浮かんだ。
い、いやしかし、昨日も行ったばかり。いかんいかん。ラーメンを2連単はまずいぞ。
お、おやじっ!!
さらにおやじがスープを入れるシーンが思い浮かんだ。
ぐぁ、ぐぁぁ、、
次郎はその場をうろうろし、頭を掻いた。
頑張れ、次郎。頑張れ。いかんぞ。いかんのだ。
別のもので気をそらすしかない。
となると、神保町は古本、否、食べ物ではカレーだ。
ならば、あそこか。満足度の高いあそこしかない。
よし、行こう。
ソーダソーダ♪
沢山いる小さな悪魔次郎が加勢した。
ガラッ♪
はい、いらっしゃいませ。
満席に近かった。
おやじサラリーマンや学生たちがわんさか集まっている。
ちっ、このヌーの群れは、未来の自分か、あるいは過去か。
カウンターに乗せられた次郎以外の注文が食われるのを待っている。
そう、彼らは俺を待ってるんだ!
よし、おやじっカツカレーだ。
貨物列車でなっ!
あ!いや、ダメだ。
やはり、豚カツだ。そして、しょうが焼きだ!
ふー。言ってやった。言ってのけたぞ。
隣のデブリーマンが俺を見た。
おそらく、
こんな小僧がしょうが焼きをトッピングだとっ!ふん、いずれおまえの未来は俺になるのだろう。せいぜい今はイキって頼むがよい。
おそらくそんなとこだろう。
甘いなデブリーマン。
俺はおまえのようなにはならねーよ。
ご飯は残すぜこの野郎。
はいロース、しょうが焼きお待ち!
突如沈黙は破られた。
ぐっ、
な、なんじゃこりゃあ。
ご飯を残そうが、付け合せのパスタを残そうが、これを2つ食ったらおしまいだ。
がしかし、うまそうだ。
次郎は舌舐めずりをした。
おやじのスープを諦めたのに…これじゃあ諦めた意味がない。
がしかし、がしかしだ。
俺は食うしかねーんだ。
今に集中するためにな。
だから、俺を見るなデブリーマン。もう俺を見ないでくれ。
次郎は、豚カツに醤油をかけた。
ちっ、衣がサクサクじゃねーか。薄い衣が醤油に合うって知っての狼藉か。
いや、その前にまずはキャベツを食わねーとな。
次郎はドレッシングをかけて、急いでキャベツをかきこんだ。
ふー、これで血糖値の上昇は避けたな。
見たかデブリーマン。俺はお前の俺の歳で既に血糖値も気にしてるぜ。
勝ったな。
次郎はほくそ笑んだ。
デブリーマンは汗を掻いていた。
しかし、笑っていた。
その早食いは命取りだぜ小僧。俺も昔はそうだった。そうやって生き急ぐのが若者の常だ。そして、それが癖になるがまま10年後、俺のようになるんだよ。くくっ、せいぜい早食いするがよい。
そう言っているようだった。
ちっ、それはおまえに一理ある。だが100理ない。
次郎は、しょうが焼きに手を伸ばした。
ぐっ、味が濃い。そしてうまい。これじゃあ白飯を食わざるをえんだろうっ!
次郎はついに白飯を食った。アッサリと。
お会計。
デブリーマンは次郎を慈愛のまなざしで一瞥し、店を去った。
次郎は、豚カツとしょうが焼きを平らげた。
うまかった。白飯も最高だった。ゆっくりと咀嚼を繰り返し、白飯は粉砕され糖分に変わった。甘かった。
く、甘かったのは俺の方だったってことかっ!
ま、負けた。
打ちのめされた次郎。
最後の慈愛の一瞥まで完璧だった。
今に生きた結果、次郎は見事に敗北した。
おやじ、会計だ。
弱々しく1050円を出す次郎。
着ていたコートがズッシリと次郎の肩にのしかかった。
ガラガラ♪
ありがとうございまーす♪
店員の声が次郎の背中に響く。
May the force be with you.
次郎にはそう聞こえていた。
続く。
キッチン南海@神保町
色の真っ黒なカツカレーが有名でランチは常に行列。夜は豚カツ、チキンカツ、クリームコロッケがよく出る定食屋。サラリーマンにうってつけのボリュームと脂が五臓六腑に染み渡る。腹が減ったら迷わずこちらへ。
3.8次郎